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事業のルーツは? アマノのあゆみ

私たちアマノがなぜ、現在の様な事業を展開するようになったのか?
「人と時間」「人と環境」という大きな二つのテーマで事業活動をするようになったのか?その秘密を時系列で紐解きます。実は、日本の経済発展と大いに関係しているのです。

時間情報事業のはじまり

1931年
(昭和6年)
出退時刻を記録する 国産初!タイムレコーダーを開発

創業者の天野修一は、海軍在籍中にタイムレコーダーと対面。しかし、当時のタイムレコーダーは輸入品で使うとすぐに壊れてしまう。天野は“壊れない機械を作れば後々のためになるだろう”と考え、個人経営天野製作所を設立。試行錯誤の末、出退時刻の記録にも使えるようにカードの差込口をつけた国産初のタイムレコーダーを完成させました。この開発により、日本の勤怠管理が幕を開けることになるのです。

1950年

発展のキッカケは、国鉄からの大口受注獲得。
(1947年4月に公布された「労働基準法」により、タイムレコーダーの普及が促進)

1980年

業界初!マイクロコンピューターを搭載したタイムレコーダーを発売。
勤怠の自動集計処理が可能になりました。

国産第1号のタイムレコーダー

環境事業のはじまり

1951年
(昭和26年)
工場の作業環境改善 新事業への参入

創業者である当時の天野社長は、タイムレコーダーの他に新しい分野にも進出する事を常に考えていました。
当時タイムレコーダーの納入先は圧倒的に工場が多く、工場で働く人たちの作業環境の改善に繋がる機器として、工業用クリーナーに目をつけ、米国製の工業用クリーナーを取り扱うようになりました。これが環境事業のはじまりでした。これにより時間だけでなく、日本の工場の労働環境改善に大きく貢献することになるのです。

1953年(昭和28年)

自社製工業用クリーナーを発売。
米国製は日本の市場に合わず、自社で開発・製造販売を開始しました。

1955年(昭和30年)

日本産業の公害防止に対する関心が高まり、「ごみを拾うだけでなく、発生源から取る」時代へ。
工業用クリーナは、集塵装置へと発展しました。

初期の頃の工業用クリーナー

情報システムへの発展

1966年
(昭和41年)
タイムレコーダーとコンピューターを結び、複雑な勤怠管理を解決

1966年、来るエレクトロニクス時代に備えてアマノは画期的な商品を開発し、発売しました。その名は「ARECODATA」。それまで大人数の工場やデパート等の複雑な勤務形態を有する企業は、個別のタイムレコーダーの情報をコンピューターに入力しなければならず、膨大な時間を取られていました。そこでアマノは、タイムレコーダーの情報を直接コンピューターへ送信することに成功し、業務時間を大幅に効率化させました。これが情報システム事業のはじまりです。

ARECODATA : Amano RECOrding DATA collecting systemの造語です。

パーキング事業への発展

1967年
(昭和42年)
国内初!駐車場発券機を開発・発売! 1973年には、全自動料金精算機を開発・発売へ

1957年に「駐車場法」が制定され、各地で駐車場の整備が促進されるようになりました。その当時、駐車場の入出場時刻記録にはタイムスタンプが利用されていました。
そして、1967年にアマノは駐車券を発券する「パーキングマスター」を発売。運転手がタッチプレートを押すとゲートNO.・駐車場NO.・入場した日付と時刻が記録された駐車券が発券されるシステムでした。さらに1973年には、日本初のマイクロコンピューターを搭載した自動料金精算装置を開発し、効率化と車社会発展に貢献しました。

クリーンシステムへの発展

1982年
(昭和57年)
西ドイツの清掃機器メーカーと業務提携! 工場から遊技場、店舗等の新たな領域へ

工業用クリーナーの製造・販売から約30年後、クリーナー市場が従来の工場から事業所・遊技場・店舗などに急速に拡大されるようになりました。そこでアマノは、本格的な清掃機器を取り扱うべく、西ドイツの代表的な清掃機器メーカーであるHako社と業務提携を結び、本格的な清掃機器を輸入販売することとなりました。
そして、1984年から自社で生産を開始しました。

次に「成長」というテーマでアマノを見て頂きます。